大学で心理学を学ぶ学生が,将来いかなる進路を考えることができるかについて,いくつか紹介したいと思い ます。 ただ,あらかじめ強調しておきたいと思いますが,特に心理職といわれる仕事については,きわめて狭き門で すので,そのことは十分に留意しておいてください。
公務員の中には,いわゆる「心理職」と呼ばれる職業が存在しています。いずれの心理職も,心理学に関連 した試験科目が含まれています。そして,概ね合格率は5%程度あるいはそれ未満と極めて低く,たいへん難 関であることが指摘できます。
科学警察研究所は,科学捜査に関する研究開発,各都道府県警察・裁判所・検察庁から嘱託を受けた鑑定・検 査,各都道府県の鑑識技術者に対する技術指導といった活動が行われています。この中に,心理関連の研究室 があり,心理学的知見および技術から犯罪捜査に関わる研究員が所属しています。 心理系の研究員の採用の前提として,国家公務員I種試験への合格が求められています。平成16年度現在, 13種類の試験区分により実施されており,そのうちのひとつに,「人間科学I」という心理系の試験区分があ ります。
近年の合格率は,およそ3%前後です。ただ注意すべきは,試験に合格後は,すぐに採用というわけではあり ません。合格者は,各省庁が実施する官庁訪問(採用面接)を行い,その結果により,内定を獲ることになり ます。そのため,科学警察研究所の研究員を希望する場合は,この研究所での面接を行い,その結果によっ て,ようやく内定を得ることになります。
さらに注意すべき点は,募集は欠員補充によって実施されるため,募集自体がない年度もあることです。例え ば,平成14年度から平成17年度には人間科学Iの合格者からの採用実績がありましたが,平成18年度は,人間 科学Iの合格者からの採用予定はない見通しです(科学警察研究所HPを参照)。 なお,国家公務員I種「人間科学I」の合格者については,科学警察研究所以外にも,心理学的な専門的知 識,技能を生かすことが求められる各省庁,例えば厚生労働省や法務省などの内部部局への採用の道が開かれ ています。
家庭裁判所では,家庭内の紛争といった家事事件,未成年における非行問題といった少年事件の裁判ならび に調停に必要な調査を行います。家庭裁判所調査官は,この調査ならびに結果の報告にあたることを主な職務 としています。
家庭裁判所調査官になるためには,まず家庭裁判所調査官補I種試験に合格することが必要です。この試験 は,A種(心理学系),B種イ(社会学系),B種ロ(社会福祉学系),D種(憲法・民法・刑法に加えて, 心理学概論,社会学概論,社会福祉学概論,教育学概論のうちから1科目選択)の5種類からなり,受験者は そのうち1つを選択できます。近年の合格率は,およそ3%前後で,合格後,家庭裁判所調査官補I種として 採用されると,研修所にて2年間の養成訓練を受け,その後家庭裁判所調査官に任命されます。
法務教官は,少年院の教育部門や少年鑑別所の鑑別部門等に所属します。少年院に勤務した場合は,収容さ れた少年の生活指導や他矯正教育を行うことなどを業務とします。また少年鑑別所に勤務した場合は,裁判所 から送致されてきた少年の身柄を保護し,彼らが審判を受けるまでの心の安定を図るのを助け,改善の可能性 を探り,鑑別に寄与することを業務とします。募集は毎年実施されており,男女別に行われます。男性は法務 教官A,女性は法務教官Bという採用枠で試験が実施されています。合格率は,およそ5%前後です。
法務技官(鑑別技官)は,家庭裁判所から少年鑑別所へ送致された少年に対して,心理検査,面接等を実施 します。その結果は,「鑑別結果通知書」としてまとめられ,家庭裁判所での審判や,後の少年院などでの指 導に活用されます。また,刑務所,少年刑務所,拘置所,少年院等で勤務する可能性もあります。なお,採用 には,心理学関係の大学院修士課程修了(見込)が条件とされております。また,欠員状況をもとに,募集が されているため,毎年募集がされているとは限りません。
科学捜査研究所は,各都道府県警察本部に設置されている研究機関で,ここでは犯罪捜査の資料に関する鑑 定業務が行われています。このなかには,心理分野の研究室が設置されており,そこでは容疑者の供述の真偽 についてのポリグラフを用いた心理鑑定などが行われています。募集は,欠員が生じたときに実施されるのが ふつうで,募集があったとしても,各都道府県で毎年1〜2名程度のようです。また,各都道府県警察で募集 方法が異なります。
各都道府県や政令指定都市自治体の管轄として,児童相談所や精神保健福祉センター(各都道府県によって 名称が異なります。たとえば愛知県では「愛知県児童相談センター」「愛知県精神保健福祉センター」となり ます。)といった相談機関が置かれています。
各所には心理判定員や心理相談員といった職員が置かれています。従事する職務内容は機関によって若干の差 異はありますが,相談者に対して心理検査を実施し,その結果をもとにして,カウンセリング等を行うことな どが主な業務となります。
採用には,各自治体の地方公務員上級(I種/大卒程度)試験の心理の区分での合格を求められていることが 多いです。受験資格は各自治体によって若干異なり,大学の心理学科卒業(見込)者に限定している自治体も あります。また,欠員補充による募集のため,どの自治体でも毎年募集があるとは限りません。
現在,病院での心理職を得る場合,心理学系の大学院修士課程を修了し,さらにいえば,病院での心理職と しての新規採用において,現在効力を発揮しうる「臨床心理士」の資格を取得するためにも,臨床心理士を養 成する指定大学院修士課程に進学することが望ましいといえます。なお,指定大学院は,第1種と第2種に分 けられます。第1種修了者は,修了後に受験資格を得て,その年の10〜11月頃に実施される試験を受けること ができます。第2種修了者は,修了後1年の実務経験を経てから受験資格を得ることになります。資格審査の 合格率は60〜70%程度です。
しかし,臨床心理士の指定大学院に進学し,修士課程を修了し,「臨床心理士」の資格を取得したからと いって,病院で心理職を得る可能性は必ずしも高くありません。しかも,常勤で病院に勤務できる保証もあり ません。
また,職務内容が勤務する病院によって異なります。重度や軽度の精神障害をもつクライエントを対象とした カウンセリングや心理療法を担当することもあれば,テスターとして心理査定のみを任されるなどとさまざま です。
スクールカウンセラーの仕事の内容は,子どものカウンセリングのほか,子どもに関する教師とのコンサル テーション,あるいは保護者を交えた相談活動などの職務内容が含まれます。
スクールカウンセラーの応募は,各地方の教育委員会で行われています。必ずしも応募資格は一定ではあり ませんが,臨床心理士を養成する指定大学院修士課程を卒業した「臨床心理士」の資格を有する者を求めてい る場合が多いといえます。また,学部卒でも相談業務が豊富ならば採用される可能性もあります。もっとも, 学部を卒業して相談業務ができるフィールドが簡単に見つかるものではありません。教育委員会によっては, 各県の臨床心理士会との連絡を通じて人材確保をしているため,公募でない場合もあります。そして基本的に は,非常勤のスタッフであり,1年ごとの契約による勤務となります。
民間で開業している心理系のカウンセラーもいます。特に都市部ほど,開業しているところは多いといえま す。そのため,カウンセラーを希望する者には,民間施設を探る道も考えられます。しかし現実には,民間施 設において,カウンセラーの職を希望する者すべてが採用できるだけの募集があるとはいえません。
心理学を学んだことが生かされるフィールドは,必ずしも心理職に限定されるわけではありません。大学の 心理学科で学ぶことは,カウンセリングなどの専門的な知識や技術のみならず,人間についての客観的な知 識・理解,対人関係スキル,実験・調査を通じた科学的な分析方法,さらには分析の作業を通じて獲得される コンピュータリテラシーも修得することができます。そのため,もしも公務員への就職にこだわるのであれ ば,心理職以外での公務員に勤務しても,心理学科で学んだことを発揮できます。
国家公務員U種は,各省庁における中堅職員として,事務,技術,研究といった業務に就く職員を採用する 試験です。試験区分は行政(北海道,東北,関東甲信越,東海北陸,近畿,中国,四国,九州,沖縄の9地域 で区分)ならびに,技術系区分になる物理,機械,土木・・・等々の区分があります。文科系の学生において は,試験内容から,行政の区分での受験となるのが一般的です。行政の区分で実施されている専門試験では, 平成18年度試験より,16科目のうち8科目を選択することになりますが,そのうち1科目には,心理学も含ま れています。
日本郵政公社職員は,郵政総合職と郵政一般職に分けられます。郵政総合職は大学卒業程度を対象とした募 集をしています。公社の幹部候補生として,本社,各地方郵便局等で勤務することになります。 一方,郵政一般職は,さらに郵便,貯金,保険などの内勤業務に従事する内務職員と,郵便物の配達,郵便・ 貯金・保険の各種商品の販売等の仕事を行う外務職員に分けられます。いずれも高校卒業程度を対象に募集が されています。 もっとも平成17年11月現在,日本郵政公社は,民営化に向けて歩み始めています。
地方公務員採用試験の行政職ないしは事務職の区分の多くは,専門試験を課しておらず,教養試験や面接試 験が実施されます。行政職ないし事務職では,円滑な事務処理等の必要のあることから,心理学科で学んだコ ンピュータリテラシーは,大いに活用することができるといえます。試験日程は,都道府県の地方公務員試験 は,ほぼ同じ時期に実施されており,上級(I種/大卒程度)では,第一次試験は6月下旬,第二次試験は7 月から8月中旬に集中しています。市町村自治体になると,日程のばらつきはかなり大きくなります。
警察官は,警視庁ならびに道府県自治体ごとに募集されます。試験は,大卒程度と高卒程度との区分に分か れています。大学卒業見込者を対象とした試験は,警察官Aという名称で区分されているところが多いです。
消防士は,市レベルの自治体で募集されています。試験区分は,上級,中級,初級のいずれにおいても消防職 という区分で行われています。大学卒業程度の受験者は,一般的には上級相当での受験に限定されています。
大学の心理学関連の学科で学んだことを生かせる職業という観点を踏まえるならば,一般企業への進路を積 極的に提案することができます。また,企業内に存在する部門のなかには,心理学で学んだ内容を生かせると ころをいくつか挙げることができます。以下では,特に心理学科で修得しうるスキルを,一般企業でどう生か せるかを踏まえてまとめてみたいと思います。
リサーチを主たる業務とする企業が国内にはみられます。こうした企業は,外部からの依頼に基づいたさま ざまな市場調査を主たる業務としています。マーケティングにおいては,アンケートの作成から,得られた データの分析までが行われることがあります。心理学の実験や調査を通じて培ったリサーチの能力は,こうし た職場での活動におおいに活用できると考えてよいでしょう。
リサーチを主たる業務としない企業でも,マーケティングを行う部門は存在します。そのため,心理学の学 びが,就職後にこうした部門での活躍の可能性につながっていることは理解しておいてよいでしょう。
一般企業への就職後でも,カウンセリングスキルを生かせる可能性はあります。特に,企業内では,人事部 あるいは労務部といわれる部署の場合,従業員の人事管理や教育訓練,相談などを円滑に行う必要がありま す。そのため,社内の人材から,人事に関する相談業務を行うキャリアカウンセラーを育成する企業も見られ ます。こうした場合,企業内の候補者は,外部での研修の機会や,産業カウンセラーやキャリアカウンセラー の資格取得の機会を得て,人事管理等の部門を任されることもあるわけです。
今や,コンピュータを必要としない企業はほとんどありません。心理学を学ぶことは,実験や調査データの 分析等により,コンピュータリテラシーをおのずと身に付けていきます。情報の入力ならびに演算処理などで WordやExcelの技術を身につけたことは,事務的な業務一般では,おおいに役立つことでしょう。
大学の心理学科では,中学校の社会や,高等学校の公民といった教職免許状を取得することが可能なカリ キュラムが整備されている場合があります。すなわち,教職免許を取得できるカリキュラムが所属する学科に 整備されていれば,難関ではありますが,教員を目指すことも考えられます。 なお,中部大学心理学科では,現在(平成16年入学者以降),教職課程の単位を取得すれば,高等学校教員 一種(公民)の教員免許状が取得できます。
もし,教育関連の仕事に強い関心を持っており,かつ学校の教員にこだわらないのであれば,民間の塾などの 講師といった選択肢も考えることができます。教育を通じて,子どもたちとの関わりを持つことが主たる仕事 になるわけですから,心理学的な対人理解の枠組みは,教育産業の職場で生かせるでしょう。
心理学系の大学院博士課程を修了後,大学・短大に就職をして,心理学の研究を行っていくという選択肢も 考えることができます。しかし,大学を卒業してから,就職せずに,長い期間にわたって大学院生として過ご すことになるわけです。しかも,現在は大学生人口が次第に減少しているという社会的背景もあり,大学・短 大への就職がきわめて難しいという現状があります。長い年月と学費を費やした後に,必ずしも就職ができる 保証がないというリスクを考えると,この選択については相当の覚悟が必要です。
ここで紹介した進路に関するホームページを掲載しておきます。